哲学を遣って居ます。私に御用の方はお気軽にコメントの記入に由ってご連絡下さい。トラックバックも歓迎致します。


by fishybusiness
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じゃあしょうがないね。


犯人「徹夜続きで疲れてたんです。うっかり眠ってしまって、気がついたら無意識のうちに太ももを触ってしまっていたんです。家には家族がいるんです。仕事もあるんです。勘弁して下さい!」

警官「そっか、じゃあしょうがないね。今回は大目に見るから次から気をつけるんだよ。」

こんな不条理な光景を想像してしまいました。
今日まで二十数年生きてきて、東京大学に入ってなくてよかったと初めて思いました。

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# by fishybusiness | 2007-02-16 18:51 | ニュース

孤立するサッポロ

米国系の投資ファンド、スティールパートナーズの日本企業向け法人が、サッポロを狙っている。
スティールによる先の買収劇の対象となった明星食品は、即席めん分野で競合していた日清食品からの友好的TOBを経て連結子会社になることで決着した。
しかし今回のTOB対象、サッポロホールディングスは同業種の企業であるアサヒビールからソッポを向かれてしまった。

昨日のエントリーにも書いたが、サッポロは決して利益率の高い会社ではないし、資産を多く持っている訳でもない。
恵比寿ガーデンプレイスなどは優良な経営資源だが、本業の酒類では芳しくない。
つまり同業種であるアサヒビールがサッポロに魅力を感じないのも当然であると思える。

このままではサッポロは投資ファンドのスティールに解体される惧れが強い。
ビールの消費量やシェアは固定的で、劇的に経営状態を向上させる事が望みにくいからだ。

株式会社の目的は株主利益の最大化である。
誰の為に儲けを出すのか、誰の為に社員は働くのか。
其れを選ぶのが株主を選ぶと云うことである。
株式市場の制度を今一度考える時かもしれない。
株式を公開していないサントリーを比較対象として、なぜサッポロが孤立し危機に瀕しているのか、熟慮してみる事は有意義であると思う。

参考エントリー:狙われるサッポロ、狙われないサントリー

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# by fishybusiness | 2007-02-16 15:53 | ニュース

貧乏人が野垂れ死ぬ

私の知り合いに一時期健康保険に加入して居ない者がいた。
彼は20代半ばで、格闘技の選手を目指しながらアルバイトで生計を立てていた。
そのアルバイト先では希望すれば社会保険に加入する事ができたが、彼は保険料が惜しいからと加入して居なかった。
ある日彼が目の回りを腫らして職場に来たので、私は彼に皮膚科に行くように勧めた。
しかし彼は医療費が高いだろうからと、薬局で買った薬を塗って治してしまった。

その彼は一応真面目に出勤していたし、会社から一定の評価もされていた。
月収も20数万円はあったはずである。
一人暮しでさほど裕福でないにしろ、困窮していた訳でもないと思う。
しかし健康保険料を払うことは惜しんで、代わりに服を買ったりバイクに注ぎ込んだりしていた。

彼が今どうしているかは知らないのだが、彼の暮らしは決して豊かになっていないだろうと思う。
其れは彼が貧しさを選んでいるだろうからである。
本来、健康保険などは就職と同時に加入すべきだし、保険なしに労働すべきではない。
国民皆保険制という一つの約束が解消されて、一部の人間は保険加入の是非を自分で選ばなければならなくなった。其の事が一つの不幸の始まりであると思う。

私の知人は貯金もせずにカードで買い物をしていた。
新しい服は買えるが、病院には行けない生活。
彼自身が其れを選んだとしても、その選択肢を彼のような人間に与えた事が、果たして正しかったのだろうか。
奴隷の幸福と云う事も、今一度思い起こしてみる必要があるだろう。


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# by fishybusiness | 2007-02-16 03:16 | ニュース
サッポロビールと云えば日本で知らぬ者の居ないほど有名な企業である。
1887年創業で現在もビール類のシェア第三位を誇る。
なぜ今サッポロビールが投資ファンドに狙われるのか。

ビール業界では長らくアサヒとキリンのトップ争いが続いている中で、サッポロとサントリーの3位4位は変動がない。
しかしサッポロが3位でサントリーが4位であるのは、飽くまでビール類のシェアである。
サッポロホールディングスとサントリー株式会社を比べると、連結売上げでは大きな開きがある。
何とサントリーが1兆4000億円近くを売り上げるが、サッポロは5000億円に満たない。
企業全体の売上げでは、サッポロはサントリーの3分の1に近いほど小さな企業なのである。
比較対象としてキリンの連結売上げは1兆6500億円程、アサヒは1兆4500億円ほどである。
これを見ただけでもサッポロは相対的に弱い。

しかし企業買収に売上高は直接関わる訳ではない。
重要なのは株価と発行株式数、つまり時価総額である。
狙われやすい企業と云うのは、時価総額が安い割に売上げがあり、利益を上げている企業ということになる。
しかし、サッポロとサントリーは時価総額を比べることができない。
どうしてかと云えば、サントリーは株式を市場に公開していないのである。
これほどの規模の会社ではごく稀であるが、サントリーの株は市場で買うことができないため、株価はついてないのである。
詰まりお金をいくら積んでもサントリーを買うことはできない。
それに比べサッポロは直近の株価が800円弱、取引単位が1000株だから、80万円ほどから取引できる。
そして時価総額は3000億円程度である。
キリンの時価総額が1兆8000億円程度、アサヒが9500億円程度であるから、ビール業界に於いては圧倒的に小さい会社である。
これでは狙われるのも無理は無い。
自己資本比率も20%程度と、キリンの50%、アサヒの37%に比べ低く、一株当たりの利益などアサヒの9分の1程度しかない。

投資ファンドがどの程度サッポロの経営に関わるのか、或いはどの程度サッポロを分割するのか未知数であるが、もし買収がされればサッポロは食い物にされるのではないだろうか。
日産の例もあるから外資が一概にハゲタカのようであるとは言えないが、やはり投資ファンドは利益を最優先にするものであるから、何をされるか分かったものではない。

すでに18・64%の株式を保有されていて、完全にファンドの傘下に収まろうとしている老舗のビールメーカーは、他業種にとっても対岸の火事ではないだろう。


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# by fishybusiness | 2007-02-15 22:48 | ニュース
物々交換の話。

私たちが普段何かを新しく所有する時はお金を払う。
つまり誰かから買うのである。
そして所有権を放棄する場合も、多くの場合お金を払う。
自治体への税金にそれは含まれている。
物々交換はこの所有の両端にかかるコストをゼロにしてくれる。
所有し始める時も、所有を終える時も、お金が掛からない仕組みなのだ。

さて、物々交換が復権して困る人がいるかどうか。
交換する人同士はお互いが納得して交換しているのだから困らない。
困るとすれば、今まで物が動く事で儲けていた人々である。
まず小売店が困る。
店で買ってもらえないと商売にならない。
梱包だとか物流だとか、それらの企業も間接的に困るだろう。
そして捨てられたはずの物が交換されれば、ゴミが減ってしまうので回収業者も困る。
処分業者もリサイクル業者も皆困る。
そして困る人の、その最たるものが国である。
国の財政は税金で成り立っている。
そして税金はお金が動くから入ってくるのである。
国としてはあまり物々交換が復古することは戴けないだろう。
現に中間的な地域通貨と云うシステムも、現実的な効果を上げているにも関わらず行政からはほとんど無視されている。

お金が無くなっても困らない生活をすればいいのである。
お金は信用であって、日本の通貨は日本が信用を担保している。
その日本はどこまで信用できるのか。どこまで信用されているのか。
もちろん信用はあった方がいいが、妄信とならぬように心がけるべきではないだろうか。

現代の「物々こうかん」から見えてくるものとは? | Excite エキサイト
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# by fishybusiness | 2007-02-15 00:10 | ニュース

女性は責められないか

色々と思う処がある。

まず自殺をしようとする人を、暴力的に止める事が道徳的か否か。
彼女が自由意志によって、明晰な判断の下に自殺を企てたのであれば、其れを暴力によって妨害する事は道徳的と言えないのではないだろうか。
もちろん自殺をする事が既に非道徳的であることは確かだが、其れでも自由意志は尊重されるべきだと考えることもできる。
宮本警部の行為は英雄的で感動すら覚えるが、しかし完全に正しい行いだったかどうかは留保したい。
何しろ自身が亡くなってしまい、家族や周囲に大きな悲しみを与えたことは否定できない。
そして最も危惧されるのが、自殺を企図した女性が責められる事だ。
彼女があの踏み切りで自殺を企てなければ宮本警部は死なずにすんだのだ。
彼女自身も、彼女の家族も責められる可能性がある。

生きる事が至上の価値だと云うつもりはない。
しかし、軍隊や自衛隊以外の職に就いている人間は、先ず自分が生きて仕事を終えることを第一義に考えて頂きたい。
宮本警部の死は感動的である。
しかしその死に積極的な価値を見出すことは危険ではないだろうか。
情に溺れずに冷静に考えないと、宮本警部と同じ光景を目にした時に、正しい行為ができない恐れがある。

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# by fishybusiness | 2007-02-14 22:14 | ニュース
タイトルだけで私の感じた事は表現できて仕舞ったのだが、一応無駄に書き連ねてみる。

軍隊に於いて上官の命令は絶対である。
何故かと云えば、若し民主主義を採る部隊が存在すれば、その部隊は戦場での意思統一が適わず、進軍も退却もできず必ず全滅するだろう。
同じように、社会に於いては上役への尊敬は前提である。義務と言い換えてもよい。
内閣に限らず、会社や団体に於いて、上役に就くと云う事は周囲から能力を認められると云うことである。
そして一定期間上役であり続けられたら、それは能力が信任されていると云う意味にもなる。
その上役に対しては尊敬が絶対に必要である。
そもそも尊敬とは自発的な感情ではない。
愛や嫌悪と同列に並べて尊敬を論じることは誤謬である。
手元にある広辞苑の第四版を参照すると「他人の人格・行為などをとうとびうやまうこと。」とある。
つまり相手の事を嫌悪していても、同時に尊敬することは可能なのだ。
むしろ上司を尊敬する場合などは、その場合の方が多いのではないだろうか。
対等な人間としては気に食わない部分も多くあるが、上司としては尊敬する。
これが大人として責任ある態度であると考える。

森善朗元首相の発言は実に真っ当である。
現役の首相だった頃は失言だと騒がれた向きもあるが、其々の発言を文脈から読めば概ね真っ当なことしか言っていない。
そもそも無知で非常識な人間は代議士にすら成れないだろう。
国民が首相を尊敬しないことも問題であるし、マスコミが尊敬を貶める事がさらに問題である。
商業的情報媒体を通過しない情報を、我々は発信し受信する必要を感じている。


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# by fishybusiness | 2007-02-14 14:56 | ニュース

cafe

一応英語でなく仏語である。
「カフェ」、「キャフェ」、「キャフェー」を足して割ったような発音だったような気がする。

久しぶりに良いカフェに行ったのです。
前々から気になっていた駅近くのカフェです。
外から覗いただけで良い店だと云う事は知れて居たのですが、入ってみると予想以上に良いお店でした。

まずお手拭などが出ません。
詰まりゴミや無駄なモノが出ないと云う事。
テーブルに小さいながら水差しを置いて呉れます。
駅前なのにネルのハンドドリップコーヒーが450円です。
ケーキは手作りで素朴な味。素材の味が楽しめます。
絵本などが何冊も置いてあります。
落ち着いた演劇のポスターなどが張ってあります。
欧米人の女性二人がケーキを食べながら話し込んで居ました。
外人が通う店は良い店だと、昔飲食店を経営していた友人から聞いたことがあり、其れは一つの基準として成り立つと私自身も思います。

数年前、カフェバーで半年ほど働いていた事があります。
其れも大変良い店で、経営的には破綻して居たけど、人と人を結う場所として、私自身も多くの友人を得る事になりました。
其のお店で出会った友人の複数と、帰省したら必ず会っているように思います。
良い店は人を繫ぎ人を結う。
確か無くなってしまった其の店のオーナーは、お客であった女性と結婚して、今は一児の父なのです。

現代思想史の授業でサルトルやメルロポンティについて遣っていた時に、キャフェーのボウイの話がありました。
内容はほとんど忘れてしまったけれど、そのフランス人のボウイは何故か今も私の中に生きているのです。

劇場とcafeが、都市に残されたオアシスなのでしょう。
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# by fishybusiness | 2007-02-13 06:17 | 雑文

豊かさについて

私は貧乏である。
何故なら殆ど労働と云うことをしないからである。
いい歳をしてと、眉を顰める人も少なからず居るだろうが、私は労働は嫌いである。
労働する暇があれば、私は本を読んだり、自らの興味に従って何かしらの研究に打ち込んで居たいと思う。

もちろん現代の日本で生きて往く為には、ある程度の貨幣が必要である。
しかし、私は生きて往く事に必要な額を超えて、貨幣を有したいとは全く思わない。
もちろん本を買ったり演劇を観たりと云った、学問や芸術に関わることにも貨幣は必要なのだけれど、それは有る時に有るだけ遣えばいいと思う。
私は労働に暇を割かれることが我慢できない性質なのだ。

貨幣と云うのはその無名性に特徴が有り利点がある。
何にでも換えられて、何をも換えることが(原則的に)できるのだ。
しかし、それはつまり、自分の時間を割いて稼いだお金でも、誰かから貰ったお金でも、私が遣えば同じお金である。
他方で本は誰かに代わりに読んでもらう訳にはいかないし、演劇も誰かに代わりに観てもらう訳はいかない。
学問や経験は、変換不可能なのだ。

だから基本的に私は貨幣が嫌いである。
貨幣以上に労働が嫌いである。
お金を呉れるという奇特かつ賢明な方が居られたら、心より感謝をしたいと思う。
他者が労働によって得たお金を、私は研究に費やしたいと思う。
そしてその成果を市井に還元もしたいと思う。
私のような詰らない事を研究するのは、恐らく私しか居ないだろうから、私の研究は変換不可能であると考えている。

私が望む豊かさとは、貨幣に変換可能な財産を多く持つ事ではなく、貨幣に変換不可能な経験を多く持つことである。
そして社会へ貢献し、一人でも多くの人と善き関係を結ぶことが、私の望む豊かさである。
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# by fishybusiness | 2007-02-03 02:22 | 雑文

真面目に暮らす

健康に暮す為に大切な事は何だろうかと考えてみる。

世の中には「健康マニア」とでも呼びたくなるような人が少なからず居る。
テレビの健康番組は欠かさずに見て、何某が良いと言われれば直ぐに試してみて、やたらとサプリメントを重宝し、少し変調を来すと直ぐに病院に行く。
彼らは果たして健康に暮しているのだろうか。

私は健康である。
しかし普段は殆ど野菜も食べない。
それよりも肉類を全くと云っていい程食べない。
魚は少し食べる。
乳製品も滅多に食べない。
米ばかり食べている。
栄養学的には非常に危ないと言われるかもしれないが、私はこのような食生活を1年以上続けていて、一度風邪を引いたことがあるくらいのものである。

健康に気を遣うとは、自分の身体に気を遣うことである。
それは、外部の情報でなく内部の情報に敏感になることである。
私自身の感覚に、常に注意を払って、変調を感じたら原因を探すのである。
睡眠が足りないとか、普段食べないものを食べたとか、運動が過ぎたとか、大抵は日常から外れたことをした場合に、身体にも何らかの変調が顕れる。
それに気がつけば、病気に罹る前に自分自身で改めることができるのである。

自分自身に対してもっと目を凝らし、もっと耳を澄ませることができれば、私は死ぬまで健康で居られる自信がある。
真面目に暮すとはそのような意味である。
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# by fishybusiness | 2007-02-02 16:21 | 雑文