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by fishybusiness
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うつ状態とは何か

「うつ状態」と「鬱病」は違う。

私は西洋医学全般に懐疑的な立場を取るが、就中精神科、神経内科などには注意が必要であると思う。
素朴に考えて、外科よりは内科の方が診断が難しく、内科よりも精神科の方が診断が難しい。
それは加療の対象が見え辛いと云う意味において。

人間は環境によって気持ちの落ち込む時期が必ずある。
特殊な感受性を持った人間でなければ、誰しも「うつ状態」を経験することは可能だろう。
例えば刑務所のような環境に置かれ、娯楽も運動も禁止されてただ生きているだけの時間を長く過ごす事になれば、多くの人は遠からずうつ状態に陥る。
しかし、殆どの場合は環境が改善されればうつ状態からも脱する。
鬱病とは、いかなる環境においてもうつ状態を脱する事のできぬ状態を齎すものであると考える事が出来るだろう。
重度の鬱病患者に対しては投薬治療が一般的であり、適切な投薬がされていれば、日常生活が送れる患者も少なくない。
しかし、単なる環境とのミスマッチによってうつ状態にある人へ、重度の鬱病患者と同類の向精神薬を投与する治療が多くされていると聞く。
近年SSRIという副作用の穏やかな向精神薬が普及し、内科で受診しても投薬される事がある。
鬱病はその成因が多数想定され、本来はそれぞれ治療法が区別されるべきものであると思われる。
例えば昇進と云う喜ばしい出来事でも鬱病に陥るきっかけに成り得る。
マリッジブルーと云う言葉があるように、結婚もうつ状態を引き起こす事がある。
これらは立場や環境の変化が、大きなストレスとなって発症すると考えられる。
またセロトニン仮説や、海馬損傷仮説など、神経学的な成因仮説も複数存在する。

「うつ状態」と云う言葉は非常に多様な解釈が可能である。
ニュースでは教員らが子供のうつ状態に早く気づき、適切な対応をする事が重要だと書かれていたが、教員にどこまで求められるのだろうか。
精精保健室へ行くように指導する事しか出来ないのではないだろうか。
余り教員の負担を増やすと、今度は教員がうつ状態に陥る事にもなりかねない。

厚生労働省の調査結果で中学生の4人に1人がうつ状態だと伝えられたが、厚労省にはもっと精密な調査を期待したい。


Excite エキサイト : 社会ニュース
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by fishybusiness | 2007-05-10 04:05 | ニュース

業務上過失致死

怒りを通り越して哀しくなる。
先のエントリーで「いっそ潰してしまえばいい」と書いたところ、辛辣な批評を幾つか戴いたが、やはり潰れてもらった方がいいだろう。

24人もの検査員が居て、全員が自主的に探傷検査をサボタージュ、虚偽記載するなど有り得ない事だ。
どう考えても組織的に探傷検査をサボタージュし、利益最優先で運営して来た結果だろう。
犠牲者が1人で済んだのは幸運なのかも知れない。

ジェットコースターのような激しい乗り物の車軸を、15年も点検しないなど私には想像できない無謀さである。
自動車なら2年毎に法定車検を受けているのに、15年も点検無しで、検査員らは怖ろしくなかったのだろうか。
きっと想像力が麻痺して居たのだろう。
「昨日まで何もなかったのだから、今日もきっと平穏だろう」と。

往々にして最悪の事態は突然にやって来る。
エキスポランドの職員が、安全など考える事をしなくなって、いい加減な検査にすっかり慣れてしまって、何年も何年もしてついに事故が起きた。

しかし、どうして15年間も、誰も検査体制を改める事をしなかったのか。
恐らく真っ当な検査員はエキスポランドのやり方に不安を覚え、何かしらの行為をしたはずである。
それを握りつぶす事ができたのは、社長以下エキスポランドの責任者達である。
少なくとも山田三郎社長と建部淳施設営業部長は、業務上過失致死で起訴され実刑を言い渡されるべきであると思う。
検査員の資格剥奪などと云う生ぬるい処分で終わらせてはならない。
二度と遊園地の遊具事故で死人が出ぬように、厳然たる処罰を望む。

エキサイト:社会ニュース「エキスポランド検査員の資格はく奪へ」
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by fishybusiness | 2007-05-09 15:47 | ニュース
日本中が行楽に浮かれて居るであろうゴールデンウィーク、就中こどもの日の今日と云う日に痛ましい事故は起こった。
大阪府吹田市にある万博公園エキスポランド。
私も中学の修学旅行で訪れた記憶がある。
其の頃から風神雷神Ⅱはあった。

原因はさほど複雑ではないだろう。
ただの整備不要、或いは金属疲労などの老朽化。
其れを放置して使用し続けていた法人としてのエキスポランドの責任は重い。

いっそエキスポランドなど潰してしまったらどうだろうか。
今の時代娯楽は幾らでもある。
雇用だって何とかなるのではないだろうか。
何ともならない人だって居るかもしれないが、そこは好景気と云われる日本経済全体で、雇用保険や生活保護で何とか出来るのだろう。
そもそも遊園地など必要なのだろうか。

遊園地が定置し、常時開業している事が不自然であるような気がする。
遊園地とは本来的に移動式であるべきだ。
其れは祝祭と類似して、偶にしか巡り会わないからこそ魅力的なのだ。
何時でも乗れる観覧車など、何が楽しいものか。

少なくとも私には遊園地も観覧車も、ましてやジェットコースターなど不要である。


Excite エキサイト : 社会ニュース<ジェットコースター>シート外れ1人死亡、多数負傷 大阪
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by fishybusiness | 2007-05-05 16:45 | ニュース

友の死に想う

年少の友人が死んだ。
未だ二十三歳だった。
複雑な事情があって、私が彼の死を知ったのは命日から二週間が経とうかとして居る時だった。
既に葬式も終わって居り、お骨も彼の田舎に在り、私が得たのは彼の死と云う情報に過ぎなかった。

彼とは月に一度しか会わなかった。
同じ団体に属して居ながら、偶にしか会わない奴だった。
彼の不在は日常だった。
彼が同じ空間に存在し、交歓する事はどちからと言えば非日常だった。
だから、彼が死んでからの彼の不在も、しばらくは日常の延長に過ぎなかった。
しかし日常的な彼の不在と決定的に違うのは、彼の不在が永遠である事だ。

私は彼と再び見える事が絶対に無い。
彼は亡くなって仕舞い、無くなって仕舞った。
彼は私にとって他者ではなくなり、記憶の中にのみ存在する事になった。
しかし彼から受けた少なくない影響は、私が生きている限り失われないだろう。
死んだ彼と共に、私は死ぬまで生き続ける。

友の死から一月を経て、やっと言葉を取り戻した。
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by fishybusiness | 2007-05-04 14:40 | 雑文