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by fishybusiness
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カテゴリ:事件( 3 )

誰を責めればいいのか

16歳わが子死なせ隠す 横浜

 生まれたばかりの赤ん坊の口をふさぎ、遺体を自宅のガスメーターに隠していたとして、神奈川県警磯子署は五日、死体遺棄の疑いで横浜市磯子区、アルバイトの少女(16)を逮捕した。
 調べでは、少女は三日午前三時ごろ、自宅のトイレ内で女の子の赤ん坊を出産したが、泣き声で同居している家族に知られてしまうことを恐れ、女の子の口をふさいで死亡させた。その後、同日午後二時ごろ、赤ん坊の遺体をポリ袋に入れ自宅ガスメーターの中に遺棄した疑い。
 遺体は四日夕、母親に発見された。同署は殺人も視野に少女の調べを進める。
(産経新聞) - 8月5日



またかと思う。
どうしてこのような痛ましい事件は無くならないのか。
この事件の場合にはいくらでも防ぐ手立てがあったはずなのに。
どうして母親は娘の妊娠に、臨月まで気づかずにいられるのか。
きっと気づいていながら気づかないふりをしていたのだろうけれど。
少女の母親は娘の妊娠をどのように考えたのだろうか。
自分の見えないところで処理してくれればいいと思っていたんだろうか。
16歳の少女はアルバイトもしていたし、妊娠したからには当然相手の男性もいたことだろうし、決して他者との関わりが希薄だったわけではない。
なのにどうして誰も孤独な出産と子殺しを防いでやれなかったのか。

やはりこの事件の一番大きな要素は母子の関係にあるのではないか。
最近は人に迷惑をかけなければ何をしてもいいという親が少なくないように感じる。
そこに絶対的な善悪の基準は無く、第三者の視点が基準にされる。
少なくともそれは、親としての責任を放棄していると思う。
セックスしても、妊娠しても、中絶しても、誰かが迷惑に感じなければそれでいいのだろうか。
何を大切にしなければならないのかを、どうして教えてやれないのだろうか。
16歳の少女には自分で善悪を判断する能力が無かったのだろう。
人は一人で行動するようになれば、当然自分で判断することを迫られる。
何が正しく、何が誤りかを自分で判断できないと一人では行動できないはずである。
16歳にもなってその能力を欠いているというのはどういうことなのか。
自らの責任で何かを選ぶことを全く行ってこなかった結果なのか。

誰を責めればいいのか分からないが、もう二度と同じような事件が起こらないことを願う。
他に何ができるだろうか。
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by fishybusiness | 2005-08-07 02:34 | 事件
日曜日、久しぶりにテレビを見た。
ニュースを見ようと思ったんだが、時間が遅くやってなかったのでドキュメントを見た。
集団自殺について。

最近集団自殺が増えているらしい。
ドキュメント番組に取り上げられていた自殺志願者は一様に「消えてしまいたい」と言う。

死んでしまうと家族を悲しませる。だから始めからいなかったことになりたいと言う。

死んでしまいたいと言う人の気持ちはある程度想像できる。
生きるということは苦しむということとほぼ同義だとも思っている。
皆いつか死んでしまう。なのにどうして自分でそれを選んではいけないのか。

中島義道は近しい人を悲しませるから駄目だと言う。
それは正しいと僕も思う。

だから生きることから逃れたい人は死にたいというよりも消えてしまいたいと願うのだろうか。
後に死体を残すことなく、近しい人の記憶にも残らずに消えてしまいたいと願うのだろうか。

しかし人間は消えてしまうことなんてできない。
誰の記憶にも残らずに、一つの自我を形成することは適わない。
消えてしまいたいというのは非常に甘えた望みであるとしか思えない。
生きることから逃れるなら、自分の大切な人を死ぬより辛い目に遭わせるのだと自覚して、その重荷を背負って死ねばいいと思う。
それができないなら生きるしかないだろう。

人は消えてしまうことなんて出来ない。
死ぬ覚悟ができないなら生きろ。
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by fishybusiness | 2005-07-11 01:38 | 事件
23日の夜、毎日新聞から発信されたネット上のニュースの見出しである。
事件の概略は40歳の母親の運転する車から、20歳の娘が口論の末飛び出し、それを放置した母親が道路交通法の救護措置義務違反で逮捕された。
娘が車から飛び降りたときは時速50キロから60キロで走行していたそうだ。
10分後後続車が見つけて119番通報したが、首の骨を折っており、翌日未明に死亡した。
この母子は別々に暮らしていたという。

まずこのニュースを見た時に我が目を疑う人が大多数なのではないか。
少なくともどこかに事実と違う部分が含まれていないと納得はできない。
普通に考えて50キロで走ってる車から、自分でドアを開けて、飛び降りる人はいない。命の危険が迫ってでもいない限り。
そして走ってる車から、我が子が飛び降りて、それを放置する親はいない。
2重の意味で信じることができないニュースである。

母親が娘を殺害する意思を持って車から放り出し、それを隠すために虚偽の申告をしているのならまだマシだと思える。
しかしそこに書いてあることが全て事実だったらどうだろうか。
想像するのが恐ろしいことである。

人間はどこまで他者に対して無関心になれるのだろうか。
想像力の欠如と無関心の先にあるのは、このような痛ましい事件であるとしか思えない。
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by fishybusiness | 2005-04-25 03:35 | 事件